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答えが見つからない時

潜在意識と意識の割合は、今までは「9対1」と言われていました。

けれど最近の研究では、実は圧倒的に潜在意識の方が大きく、その割合はどうやら「1万対1」さらには「100万対1」と考えられているそうです。

私たちは普段、頭(意識)で判断して行動していますが、色々考えても答えが出ない時、どうしていいか分からない時、頭では分かっていてもその通りに行動できない時、そんな時は潜在意識の情報を活用しましょう。

こんなお話を読んだ事があります。

暗い夜に、ある人が落とした鍵を探そうとして、街路灯の下の明るい所を探していました。けれどいくら探しても見つかりません。

それを見た人が、その人に聞きました「このあたりで落としたんですか?」すると落とした人は「いいえ、あっちの暗がりで落としました。でもここは明るくて探しやすいので、こっちを探しているんです」と答えました。

それを聞いた人は、持っていた懐中電灯を渡して、落としたあたりを探すようにアドバイスすると、すぐに鍵は見つかりました。


私たちの考えもこれと似ています。頭で考えても答えが見つからない時は、潜在意識に聞いてみましょう。答えは膨大な情報を持っている潜在意識の中に、ちゃんと用意されています。そして何が必要な情報かも、潜在意識はすでに知っています。

催眠療法によって必要な情報にアクセスできた時、それは思ってもいなかった事であることが多いので、その感動はとても大きいものがあります。

水の流れのように

調布には多摩川が流れていますが、川の流れを見ているのは、とても面白いですね。水面が絶えず動いていて、光がキラキラ反射して、ゆったりとうねりながら流れていく様子は、少しも見飽きることがありません。

川が蛇行する理由は、地面がでこぼこだったり、岩があったり、地形の影響によるものだと思っていましたが、実はどんなに平らな面を流れる時でも、水は勝手に蛇行するんだそうです。それが水の性質で、そんな水そのものの性質によって、川は自然に蛇行するのだそうです。

私たちの体の中も、60~70%は水分でできています。だから私たちもいつも同じ調子で進むよりも、寄り道をしながら時には早く、時にはゆっくり進むのが合っているのだそうです。

目的に向かって一直線に進もうとするのは、効率がいいように見えて、実は意外に大変で、かえってエネルギーを沢山使いそうです。

水の流れのように右へ左へ揺れながら、時には逆戻りをしたり、しばらく足踏みをしたり。そうやって目的地に着いて、振り返ってみれば、実はその道こそが、一番無駄のない、確実な道だったと分かるのかもしれません。

忘れてしまった感情

催眠療法を受けて頂く時、催眠に入る前に伺ったお話と、催眠で出てくるイメージが、かなり違う事がよくあります。

例えば「主人は何も言わない人で、毎日の会話はないけれど、別にそれでもかまわない」とおっしゃっていた方が、催眠の中では「主人と色々な話がしたいのに、主人は背中を向けて、黙って座っている。とても寂しい」という感情が表れてきたりします。

実はその感情は、無意識のうちににフタをされてしまっていて、意識には上ってこないけれど、消えたわけではないので、催眠状態では、それが正直に現れてくるのです。

そしてその感情こそ、開放して欲しがっている感情なのです。催眠の中でその感情をもう一度感じ、本当はどうして欲しかったのか、例えば、こちらを向いて、笑顔で「うんうん」と話を聞いてくれているイメージに直して、その時のいい感情を体験しなおすと、とてもすっきりします。

終わった後に「こんな風に思っていたなんて、想像もしていませんでした」とおっしゃる方も多いです。

このように、私たちの潜在意識の中にある感情は、意識されていないものも沢山あって、そんな感情のなかに、頭で考えている事と違っているものがあると、「頭ではわかっているのに、できない」とか「感情のコントロールが難しい」事態がおこります。

キネシオロジーの注意点

以前にもキネシオロジーの話を書きましたが、今日もキネシオロジーのプロの方と、少しお話しする機会がありました。

キネシオロジーは、本当の自分気持ちを体に聞く事ができる、とても面白い技法です。いつでもどこでも誰にでも簡単にできるので、特にセミナーや講座を受けなくてもいい気がするのですが、逆にそれが怖い気もしたので、そこの所を伺ってみました。

そうしたら「確かに体は何でも答えてくれるので、セラピストの方々は質問しすぎる傾向がある。クライアントさんが言いたくない事まで質問して、体の答えを聞き出してしまうのが怖い」とおっしゃっていました。そのプロの方はクライアントさんが聞きたい事以外は、決して聞かないそうです。

確かに、それはとっても大切な事ですね。心理療法や催眠療法でも、無理な事は決してやりません。例えば「インナーチャイルドの癒し」のセラピーで、もしインナーチャイルドが出てきてくれなくても、無理に出すようなことは決してしません。今はそのタイミングではないので会えないだけなのですから。いつかその時がきたら、会おうと思わなくても会えるようになります。

その人に今必要な事は、すべて潜在意識がちゃんと心得てくれているので、私たちは、ただお任せしていればいいのです。

生きる意味

人は生きる意味を探していると言われていますが、人が真に求めているのは、おそらく生命の意味ではありません。人間が本当に求めているのは、今、生きているという経験なのです。
現実の生活体験が、自分の最も奥深いコアの部分と共鳴することで生きている無上の喜びを実感すること。それを求めているのです。(神話学者、ジョゼフ・キャンベル)

これは、私が読んだのではありませんが、あるブログで紹介されていたのを、お借りしてきたものです。

「人はなぜ生きるのか」という問いは、誰でも一度は考えた事があるのではないでしょうか。それに対して、色々な人が様々に答えていますが、この文章を読んだ時、「ああそうだ」と思いました。

私たちが知りたいのは「今、ここで生きている」という実感なのですね。心が弱くなっている時、まるで透明なゼリーの中に入ってしまったような、世の中と見えない壁で仕切られてしまったような、そんな距離感を感じた事があります。

心理療法や催眠療法を学んでいく中で、自分の心の中に、過去のわだかまりや、未来に対する不安が一杯あった事に気がつきました。そして、それらを少しずつ取り除いていく間に「今、ここで生きている感覚」が、だんだん感じられるようになってきました。

それはとても穏やかで、楽で、気持ちのよい感覚でした。

「人はなぜ生きるのか」は、考えても考えても分かりそうにありません。でも「今ここで、あなたも私も生きている」その事だけは、絶対確かなことです。その上で、嬉しい事も辛い事も全部含めて、自分が納得する生き方をしていけたら、とてもすてきな事ですね。

心の闇

秋葉原の事件は、本当に衝撃的でした。犠牲になった方々には、心からお悔やみ申し上げます。

あれ以来、マスコミでニュースにならない日はありませんが、新聞のコラムに「心の闇」という言葉がありました。犯人の動機とか事件の背景については、まだまだ推測の域を出ませんが、あのような事件を起こすまでに至った心の闇は、どんなに深い事でしょう。

私たちは成長するにつれ、知識や経験を学んでいくように、心も学んでいきます。最初は「快・不快」の単純な心から、だんだん複雑な心を学んでいきます。この世に生まれてきた赤ちゃんは、ただいるだけで、お母さんや回りの人たちから愛されて、大切にされて、安心感や心地よさを感じます。そして「自分は大切に扱われていいんだ。愛されていいんだ」と無意識に感じて、心が満たされる感覚を学びます。そして自分の心が満たされて初めて、今度は他の人を愛したり、大切にしたり、そんな心が持てるようになっていきます。逆に言えば、心には愛情や喜びの感情を感じるための場所が、ちゃんと用意されているという事です。

秋葉原の犯人は、新聞によると、中学までは成績を上げるため、宿題や課題は全部親がやっていたとありました。そして中学に入り、だんだん親が手伝えなくなると、今度は成績が落ちてききてしまい、彼は親から見放されたとありました。

それを読んだ時、彼の絶望感が伝わってきた気がしました。1度きりの記事なので、本当はどうだったのかは分かりません。だから、推測するばかりですが、よい成績を取るという条件付きでしか、親から認めてもらえなかったとしたら、愛情を受け取る場所は空っぽのまま、自分を大切にする気持ちも、人を愛する気持ちも、育てる事が難しかったのでしょう。

親に見離された時、彼はどんな思いがしたのでしょうか。この世に存在する意味が見当たらなくなって、世界から切り離された気がして、その時空っぽの心の闇に気付いたかもしれません。

20年も前から「心の闇」という言葉が使われてきたそうですが、「心の闇」を抱えて成長する子供たちは増えるばかりの気がします。

人は完全な存在

「どんな人でも、完全である」という考えがあります。

私も全くそう思います。私たちは誰もがそのままで完成された、足りない所などない完全な存在なのです。けれど、そこに他人という存在が現れると、様子が違ってきます。その人がいて心地よかったり、不快になったり、嬉しい事も、辛い事も、寂しさや怒りや幸せも、すべて他人がいればこそ。

だから、心の問題は「他人との係わり合いの問題」ともいえます。何か心にかかっている事があれば、必ずその向こうには誰かがいます。セラピーで問題の起きたところまで戻ってみると、必ず思い当たる人物に出会います。だから、困難さを感じた時、自分を変えようと思うのではなく、人とのかかわり方を見直してみましょう。

言いたい事があったのに、いえなかった相手。
本当はこんな風にしたかったのに、できなかった相手。

そんな人はいませんか?そんな相手に気がついたら、その時、本当はどんな風にしたかったのか、どんな事を言ってみたかったのか、感じてみましょう。そして、もしできたらイメージの中で言いたかった事を伝え、やりたかったようにやってみましょう。

潜在意識は、イメージした事と現実に起きた事を区別できないので、自分にとって好ましい事をイメージすると、その事が本当に起きた事だと思ってくれるのです。

蚊に刺されなかった話

我が家の小さい庭は、今頃から秋にかけて、蚊の天国となります。油断するとすぐに刺されるので、しばらく外にいる時は、携帯用の蚊取り線香が欠かせません。

午前中にお友達が来てくれて、すぐに用事が済むはずが、お互いの近況報告やら何やらで、そのまま話し込んでしまいました。もちろん蚊取り線香の用意はありません。足の周りには、すでに数匹の蚊が飛び回っている様子。。でも、話を続けていたかったので、蚊は気にしない事にして、そのまま1時間ほど立ち話をしていました。

お友達と別れた後に、ふと気がつくと、かゆくないのです。刺された跡も、どこにも見当たりません。「そんなばかな!」「ありえない!」と思いましたが、そういえば話している最中、ある時から蚊の気配がなかったのを思い出しました。

以前、新聞で読んだのですが、インドのヨガの行者は、戸外で長い間ヨガをしていても、虫に刺される事がないそうです。ある新聞記者がその修行に行って、体験談を記事にしていました。

最初のうちは、周りを虫が飛ぶのがとっても気になるし、あちこち刺されもしたそうです。でも、だんだん慣れてきて、ヨガに集中できるようになると、本当に虫に刺されなくなったのだそうです。その記事を読んだ時は信じられなかったのですが、今日の経験で「本当にそうかも」と思えました。

蚊が寄ってくるのは、人が出す二酸化炭素を感じるからだそうですね。「刺される!」と思って緊張していると、呼吸が早くなって、二酸化炭素が多く出るけれど、落ち着いていると呼吸も遅くなり、二酸化炭素は減ります。

私は小さい頃から虫が嫌いで、蚊に刺されるのもいやでたまりませんでした。だから外にいても、蚊に刺されないように、いつも緊張状態、神経をとがらせていました。そんな風だったので、蚊に気づかれたのでしょうか。

だとしたら、これはもう「目からうろこ」の体験です。蚊取り線香がいらない生活ができたなら、こんなに嬉しい事はありません。

追記:
次の日の夕方、家の中に蚊が侵入し、気がついたら3ヶ所刺されていました。。まだまだ修行が足りないようです。

山勘と直感

「山勘」と「直感」という言葉があります。どちらも同じように聞こえますが、大分違う感じもしますね。

山勘とは、何の根拠もなくて勘で判断された事。辞書によると「あてずっぽう」とありました。直感とは、辞書によると「推理・経験によらず、感覚的にものごとの真相をとらえる事」とありました。でも、実は潜在意識の中にある膨大な情報を駆使して、一瞬で出された答えではないでしょうか。

私たちの意識には「顕在意識」と「潜在意識」がありますが、その中にある情報量は、最近では1対10000位だと言われています。つまり潜在意識の方が圧倒的に多いのです。その情報を活用すれば、もっと色々な事が楽に、うまく行くはずなのに、なかなか活用する事は難しいですね。

それは、学校で直感でものごとを判断しないように教えられてきたからではないでしょうか。テストの答えを直感で書いたらいい加減と思われ、きちんと順序だてて論理的に考えるとほめられる、そんな経験をずっとしてきたからではないでしょうか。

小さい頃はとっても素直に潜在意識のままに過ごしていたのに、いつの間にか直感に従って行動するやり方を忘れてしまったのが私たちという気がします。

でも、これは大変にもったいない事です。私たちの中には「顕在意識」と「潜在意識」があて、両方バランスよく働いてくれるお陰で、幸せに生きられるようにできているのです。まして今のように、顕在意識では処理できないほど情報があふれている今、直感を大切にするのは、ますます大事になっていると思います。

音楽の不思議

音楽を聴くのは、とても好きです。あまりジャンルは問いませんが、クラシックもよく聴きます。ただし「ながら音楽」は苦手で、静かな音楽であってもそちらに気を取られるので、何かに集中したい時は音楽は流しません。

音楽というものは、一瞬一瞬に音が演奏されては消えていくのを、頭の中でつなぎ合わせて聴いているのだ、という話を聞いた事があります。

確かに音楽は、絵のように全体を一度に味わう事はできないし、小説や物語のように、途中から読んだり、飛ばし読みすることもできません。

音楽だけは、どんな人でも始めから順番に聴いていくしかありません。考えてみると、とっても不思議な感じがします。

もっともモーツアルトは、最初から音楽の全体が、絵のように頭の中に見えていて、それを楽譜に書き写していただけだとも言われています。まさに稀有の天才ですね。

バッハ作曲の「目覚めよと呼ぶ声がする」という小さな名曲があります。

娘が珍しく「すごくいい曲を聞いた」といってきた曲があって、話をよく聞いて見ると、どうやらこの曲らしく、久し振りにCDをかけてみました(管弦楽バージョンとオルガンバージョンがありますが、管弦楽の方で)。

はじめはとても静かな、美しいメロディが流れていきますが、ある時突然、トランペットの澄んだ音が高らかに重なって演奏されます。本当に感動的な瞬間で、別々の曲が重なっているようでもあり、一つにまとまっても聞こえる、とても不思議な感覚です。

バッハも、脳の聴覚野がとても発達していた人だそうです。バッハもモーツアルトも、他の偉大な作曲家も、私たちには分からない音の世界に住んでいたのですね。

忘れていた記憶

問題を解決するために、潜在意識からのメッセージを受け取る時、そのメッセージ(イメージの形で届けられます)は、時々すっかり忘れていた、あるいは解決した、終わったと思っていた事柄として現れてくる事があります。

そんな時は、かなりの衝撃的というか、思いもよらない方向からのアタックを受けた感じです。

でも、そのイメージ(出来事だったり、人物だったりします)を再体験したり、話したくても話せなかった事を伝え合って、そのイメージの中の、それまで気がつかなかった暖かい部分、美しい光の部分に気がつくと、それまでの苦しい思いは開放され、すーっと心と体が楽になります。

催眠から戻って、振り返ってみると、その事柄は確かに「知っていた」出来事だけれど、頭(意識)で考えていた時とは、まるで見方が違って感じられます。

そして、忘れていたり、大したことではないと思っていた出来事が、実はとても大切な、貴重な体験だった事に、改めて驚かされます。

心の中の宝物

色々な理由で、セラピーを受けに来て頂いていますが、似たような理由でいらして下さっても、催眠療法で出てくる潜在意識からのメッセージは、本当にお一人お一人、全部違っています。

けれど、どんなものであっても、今のその方にとって、一番よいメッセージである事に変わりはありません。

本当に、だれの心の中にも、豊かな宝物のような、潜在意識のメッセージが沢山隠されているんだなと感じます。

このようなメッセージは、たいていの場合、ご本人にとって「前から知っていた」「そう思っていた」ものです。

でも、その事を頭で分かっていたのと、潜在意識からのメッセージとして受け取ったのでは、納得の仕方が全然違います。催眠療法で受け取る時は、理屈ではなく、本当に「腑に落ちる」のです。

頭で考えている時は、他の考えと比べたりして、どれが正しいのか迷ってしまう事もありますが、「腑に落ちた」事は、他にどんな考えがあろうとも、その方にとって「正しい」と感じられるのです。だからもう迷いがありません。

潜在意識の中に眠っている宝物を、少しずつ発見していくのは、とても楽しい作業です。

セラピーを受けた方がいい時は

本屋さんに行くと、心理セラピーの本がたくさん並んでいて、びっくりします。CDつきの「自分でできるセラピー」の本もたくさんあって、選ぶのに迷ってしまうほど。こんなに手軽に、自分の内面と向き合う方法が分かるのは、とってもいい事だと思います。

体の具合が悪くなった時は、症状がひどくなる前に早めに休んだり病院に行くように、心が苦しい時も、早めに手当てをしてあげましょう。心の傷も、体の傷と同じように、手当が早ければ軽くすみますが、心の傷は見えないので、どうしても対応が遅れがちです。

「心が何となくザワザワする」「毎日が楽しくない」そんな風に思える時は、ぜひ本を読んだり、自分でできるワークをやってみたり、早めの手当てをしてあげて下さいね。

ただし、このような事で、かえって辛くなってしまう方もいます。例えば

・自己否定感が強い。
・思い出せない記憶が多い。
・本を読んだりワークをすると、心が不安定になったり、体調が悪くなる。

こんな時は、無理をしないで、セラピストやカウンセラーに相談してくださいね。

一人一人、みんな個性が違うように、心のあり方も、みんな違っています。心のケアの仕方も、それぞれ違っていていいのです。一人で登れる山もありますが、ガイドがいないと登れない高い山もあります。セラピストやカウンセラーは、あなたが勇気を持って無事に山に登れるよう、心をこめてガイドの役目をつとめさせて頂きます。

梅雨入り

先日の日記に「梅雨ももうすぐですね」と書いたら、なんと関東では6月2日に梅雨入りしてたんですね!

これは例年より20日も早いのだとか。梅雨入りなら、いつもならもっと気温が上がっているはずなのに、まだ全然暑くありません。梅雨というより、3月末の「なたね梅雨」に近い感じがします。

梅雨時は体調を崩す方が多いですね。今日も信号待ちをしていたら、隣にいた2人連れの年配の女性の方が「いまどきは体調が崩れやすいからね、気をつけなきゃね」と話していました。

私も体調が悪かった時、梅雨の頃が一番辛かったです。何しろ体に力が入らなくて、ちょっと動いてもすぐに息切れがしました。外に出ると、道路が全部上り坂に感じました。「平らな道のはずなのに、なんでこんなに足を前に出すのが大変なんだろう?」と、本当に不思議でした。

その時は鍼灸の先生に診てもらって「自律神経の失調と冷えと疲れが原因」と言われ、しばらくその先生のところに通って、大分良くなりました。

梅雨になると、いつもあの時の「道路が上り坂に見える」感じを思い出します。

いよいよ6月

いよいよ6月になりましたね。

しばらくお天気が悪く、5月とは思えないほどの寒さが続いていたのに、6月になったとたんに、とてもいいお天気になって、気温も急に初夏らしくなりました。

明日からは、またぐずついたお天気になるそうですが、まるでカレンダーを見ていたかのようなお天気の変わり具合にびっくりです。

お天気が悪くて寒さが続くと、このままずっと夏が来ないような気がして、何となく気分も沈みがちでしたが、今日はそんな気持ちはどこへやら。青い空の下で自転車を走らせ、とてもいい気分でした。

八百屋さんの店先にも、梅酒用の青梅が並んでいました。我が家も毎年、ささやかに梅ジュースと梅ジャムを作るのを楽しみにしています。梅の実が採れる季節になると、梅雨ももうすぐですね。